ひとりの親として、
そして研究者として
株式会社ナノエッグ
代表取締役 兼 研究開発本部長
山口 葉子
私の2人の子供たちは、どちらも3歳前後でアトピー性皮膚炎を発症しました。特に長女はかなり症状がひどく、本人だけでなく家族も眠れない辛かった日々を今でも思い出します。病院で処方された外用薬や飲み薬はもちろん、さまざまな民間療法まで試しましたが、なかなか症状は改善されませんでした。全国には、私が経験したような状況で苦しんでいる親御さんたちがたくさんいらっしゃいます。
いつしか私はひとりの研究者として、皮膚からの「ドラッグ・デリバリー・システム*」の研究と共に、アトピー性皮膚炎の原因を解明して治癒させる薬を何とか生み出したいと思うようになりました。
ナノエッグはこうした私自身の体験や想いを背景に、アトピーの発症原因を創立以来ずっと研究してきました。今回こちらでお伝えする私たちの研究成果は、アトピー性皮膚炎で苦しまれている患者様たちが弊社の研究方針に共感しご協力してくださったおかげです。
同時に、そうした患者様と同様に協力してくれた私の娘と息子にも感謝しています。
これから親になる方たちや症状が再発してしまった若者たちが、私のような辛い経験をしないようになれば研究者冥利に尽きます。
* 有効な薬を必要な臓器や器官に効率よく届け、薬理効果を発揮させる技術
アトピー性皮膚炎の
原因に対する従来の認識
多くのアトピー性皮膚炎患者様に共通する特徴は、「発症部位の大半が、首・顔・肘や膝の内側であること」ならびに、「皮膚外観に乾燥と落屑、炎症所見と痒みが伴うこと」にあります。
過去長きに亘って、アトピー性皮膚炎発症の主な原因は免疫異常であると考えられており、多くの免疫学者が研究を進めてきましたが、皮膚のバリア機能の異常を伴うことにより、近年は皮膚疾患のひとつとしてとらえられるようになりました。そして、その過程で原因として見出されたのが「フィラグリン遺伝子変異」であり、その知見がしばらく研究者の間で浸透していました。
しかし、フィラグリン低下だけではアトピー性皮膚炎は発症せず、発症者におけるフィラグリン遺伝子変異の割合もわずか30%程度であることが判明したため、現在は、「フィラグリン遺伝子変異」がアトピー性皮膚炎の主因であるとは言い切れなくなりました。つまり、新たにその原因を追究すべき時代に入ったということです。
世界に先駆けた
ナノエッグの新発見
私たちナノエッグは、アトピー性皮膚炎患者様の多くが1)皮膚のバリア機能低下を伴い、2)汗をあまりかけず、とはいえ、発症部位は汗を比較的かく部位 3)皮膚の毛穴周囲が隆起して常に鳥肌様を示している症状から、新たな原因物質を見出しました。
これらがすべて説明できる共通物質が、アセチルコリン(Ach)という神経伝達物質で、アトピー性皮膚炎患者様の皮膚内のAch濃度が健常者に比べてかなり高いことが判っています。Achは、生化学の教科書で必ず登場する極めて良く知られた低分子化合物で、神経機能に関与する物質ですが、アトピー性皮膚炎に関与し原因を解明することは世界中で誰もできませんでした。
「なぜ皮膚内Ach濃度が高いのか?」
「なぜ汗が出にくいのか?」
「なぜ常に鳥肌様なのか?」
これらの疑問を説明するために、皮膚の深い部分の秘密に注目しました。
私たちは、患者様の汗腺(汗を作る器官で真皮層に存在します)分泌部周辺に、Achを分解するAchE(アセチルコリンエステラーゼという酵素)の発現が極めて少ないことを発見しました。Achが分解されない状況下では真皮層内のAchが高濃度となり、汗や表皮層に移行してしまうことが推察されます。
今回の汗腺観察で驚いたことは、アトピー性皮膚炎分泌部の周囲で本来観察されるはずの交感神経がほぼ確認できなかった事実です。発症部位でもそうでない部位でも同様だったので、この事実は発症素因に関わっています。
Achは汗をかくためには必須の情報伝達物質で、Achの受け取り口AchR(アセチルコリン受容体もしくはコリン作動性受容体)が汗腺分泌部に存在しています。汗をかくためにはAchのやり取りが必要ですが、アトピー性皮膚炎の患者様は健常者に比較しAchRの発現がやや少ないこともわかりました。しかしこのレベルでは症状を完全に説明するのは難しく、言い換えれば、交感神経の節後繊維がAchRにAchを渡せなくても、すでに高濃度のAchが汗腺分泌周囲に存在しているので情報伝達は可能で汗はかけるはずなのです。かけない理由は、Achが多すぎるため筋上皮細胞(汗をかくために収縮と弛緩を繰り返す)が常に収縮状態で弛緩できないためと推察されます(つまり、伸び縮みが出来ずポンプになれない)。
汗腺だけでなく立毛筋も例外的にコリン作動性(アセチルコリンによって作用する)と言われています。従って、Achが多い環境下では、立毛筋(毛穴の収縮を司る)も同様に常に収縮することになります。アトピー性皮膚炎の患者様の皮膚が、寒くなくても鳥肌様である理由がここにあると思われます。
さらに、皮膚の外観症状を担う表皮層においても、アトピー患者様皮膚に特徴的に存在するSPC(スフィンゴシルホスホリジルコリン)と過剰なコリン(Ach分解物)が、AchE活性を阻害してしまう発見をしたことから、「なぜ表皮層のAch濃度も高くなるのか」の解明に成功しました。
高濃度Achによって皮膚表皮は正常な代謝を行えなくなり、バリア機能を担う物質の産生が十分でないためバリアの破綻を来します。その結果、角質細胞がはがれる落屑状態となり乾燥感を感じるようになります。バリアが弱い状態では細菌が侵入しやすくなるため、炎症が引き起こされます。これがアトピー性皮膚炎に特徴的な皮膚所見に繋がると考えています。
すなわち「皮膚の深部から表層までAchが高濃度で存在し続けていることが、アトピー性皮膚炎の発症原因である」ことを突き止めました。